多摩川 パン屋を探す 中野島

多摩川に沿って、パン屋を探し求める。
第一回として、中野島で探してみる。
町にはいろいろなパン屋さんがある。
味も食感も様々。
パリッとしたパン。ソフト系。ハード系。モチモチ感。
クロワッサン、デニッシュ、サンドイッチ、ペストリー、食パン。
どんな出会いがあるか。


中野島

中野島は、小田急線が交差する登戸から一つ北上した南武線の駅である

その昔、多摩川の中の小さな島が大洪水で流れが変わり、あるとき調布側に続いていたのが、切り離されて今のように多摩川沿線道路の川崎側に位置している

河川敷と同じような平坦な土地で、風景として、多摩川沿い共通している

中原区の宮内あたりとも似ている

この変哲もない、際立って住宅が密集しているわけでもないこの街に、驚くほどの特徴の異なる、それもある一定以上の質の保ったパン屋さんが3軒もある

驚くべき美味しいパン屋が、それも際立って、特徴の異なるパン屋があるとは、およそ想像できるであろうか。

美味しいとは奇を衒ったわけでない、純然と滋味のあふれる、静かに魅せられる味のことである

自然に違和感なく美味しいと、本質的に美味しいと、食材の味わいが引きだされていると

食感、口中に含んだ時の至福感、優しい、穏やかな味、強くもなく、弱くもなく、調和のとれた味わい

多摩川ではないけどパン屋激戦地ともいえる大岡山、4軒以上ありそれも著名な店もあるけど、上記の特性に合うところは、私の感覚では1軒。中野島と大岡山の各お店密度感はほぼ同じかもしれないのに、なぜ、中野島に3軒もあるのであろう。不可思議である。偶然なのだろうか。

オクダベーカリー

 このお店の外見は典型的な昔からパン屋さん。明るい蛍光灯の店内にパンのガラスの陳列棚があり、その向こうにお店の方がいて(今回は若い女子学生という雰囲気の方が二人)、ほしいものを伝えて、陳列棚から出してもらう。

 今の時勢からするときわめて清潔であり、加えてサランラップで包んである。にわか潔癖症の人たちが多くいるなか、このお店は、きわめて流儀としてかつてよりパンを丁寧に空気に暴露されないような扱いをしているのではないだろうか。

 今回多くを買わなかったが、選んだのは自分の好みの玉子サンドイッチとハムとチーズを挟んだクロワッサンサンドイッチ

 ハムとチーズがみえたとき直感的に今一つなのかなと一瞬思った。ハムほどその味が自分自身の好みに合致するかどうかは常に直面する。失敗したかなと。普通のスライスチーズの感じだし。

 ところが、まさに違和感のないハムとチーズとクロワッサンが見事なほど溶け合い、相互に主張することなく三位一体で、穏やかな味わいを呈しているのである。概して、チーズが主張過ぎるか、ハムが尖っているか、クロワッサンが我が道をいくかという、いずれかに遭遇するが、それがどれもない、お互い協力し合って、召し上がってくださいね、口福になればいいですね と語りかけてくるような  クロワッサン サンドである。

 玉子サンドイッチは、まさに優しい味わいで、安心していただける、本当にナチュラルそのもの。これほど自然に口の中でパンと玉子が調和してたサンドイッチは、あまりない。パンの生地も本当にしっとりしていて、好みそのものである。

 ここはほかにも総菜パンが多くあり、もっと買えばよかったと思う気持ちが募ってくる。この次にまた訪ねて楽しんでみよう。

 本当にお店の雰囲気は一時代の前の地方によくあるパン屋さんである。でも、その提供しているものの滋味あふれるものがつくられている。

パントレプレナー

 その名前はアントレプレナーを想起するが、店主には名前の由来は聞かなかった。店主は知的で穏やかさと優しさと含羞みの趣のある青年であった。

 冷凍パンを扱っているので、冷凍パンについてはいろいろ聞いてみた。パンは焼きたてというバイアスを排除して、あえて冷凍にして供するというイノベーションを起こそうとしているのか。その袋も冷凍するにふさわしい素材を使用している。

 しかし、パントレプレナーは、そのパン生地においてイノベーションを起こしているのではないか。その食感におけるモチモチ感は究極である。モチ系が好みの人たちにとってはゴールになりうるパンを供している。

 ぶどうパンを口に入れた時の妙なる感覚は、モチモチの生地の最高峰と思わさせしめた。生地もさることながら中のブドウがパン生地に完全に合致した食感である。

 ぶどうの入ったパンはバーンズやロール生地やさまざまあるがパンの生地とぶどうは食感で調和することはあまりない。ぶどうの味に依存するかパン生地の味に依存するかで、食感は別という感じが多い。それでもおいしければいいから。

 パントレプレナーのぶどうパンはアントレプレナーシップを象徴している。

 さらに食パン。このパン生地は好きな人にしか理解できない食感かもしれない。加えて食感と味わいの調和、すなわち食パンから醸し出す生地と味の一体感は、陶酔の境地に誘う。

 たまたま、自家製のほおずきジャムがあり、一緒にいただいたが、夢心地であった。多くを語る必要性はない。好きな人は、一気に魅せられ、恋煩わいに陥りかねない。

 パントレプレナーの食パンはアントレプレナーシップを象徴している。

ベーカリーKuroneko

 中野島の駅から少し歩かなければならない。自転車だと近い。同じ多摩川沿線道路の中原区宮内西下橋から武蔵新城に行く道と似ており、既視感を覚える。

 二ヶ領用水を超えた左手にこざっぱりした白を基調としたお店が目に入る。

 どのパンも焼き上がり感が視覚から入ってくる。ここのどのパンも焼き上がり感には端正さが満ちている。

 パンの焼き上がりには、主張が強いか、野卑か、凡庸か、ありていえばよく焼けているようね程度かというのが表現として普通である。焼き上がりに端正さを感じるパンはあまり見たことがない。

その焼き上がりの端正さに口に含んだときにそのまま食感として端正さを感じる。パリッとした食感は、どのパンにも共通する。生地がクロワッサンでもクリームパンで明太子パンで生地の構成は違っても、共通に視覚と食感と味わいに焼き上がりの端正さを感じる。

 明太子パンはどこでもよくあるパンである。形といい、焼き上がりといい、味といいいわゆる明太子パンのイメージではなく、品のいい、端然とした人格ならぬパン格というのがあれば、それを感じさせしめる。

 概してこのクロネコベーカリーが供するパンにはパン格が備わっているのではないだろうか。

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